「ブランド」ってなんでしょうか?
また「強いブランド」は他と一体何が違うのでしょうか?
今回はそのような疑問に答えてくれる書籍をご紹介したいと思います。元東京大学大学院の教授でブランド論を専門にされていた片平秀貴先生の名著「パワー・ブランドの本質」です。
「ブランド」について分かりやすい言葉で言語化されていて、事例を交えながら具体的に解説されている良書です。
初版は1998年でしたので四半世紀も前の本ですが、今読んでも全く古臭さを感じないどころか、ようやく世の中の理解が追いついてきたのだとも感じます。
私はブランドというものを勝手になんとなく理解しているつもりでしたが、整理して示されたこの本を読んで、認識を改めることができました。また「経営者の役割」という観点でも腹落ちするところがたくさんありました。
「ブランド」の解説を通じて、経営の仕事についても多く触れられていますので、経営者はもちろん、企業内で上流の課題に関わっている人、マーケティングや営業戦略の担当者などにもおすすめです。
1.ブランドとは
(1)ブランドの定義
「ブランドがある」ということは次の二つがあるということです。
・圧倒的存在感
・他では味わえない独自の世界
その名前が顧客の脳細胞に深く刻まれていて、他では再現できない体験として独自の聖域を築いていると、それがブランドの強さになる、ということです。
(2)ブランドは生き物である
ブランドは日々刻々と変化する社会経済の中で生きていて、それは経営者の強い信念とリーダーシップによって継承されています。ブランドを守る経営者は一様に、ブランドを自分の命や会社の存続よりも大事なものとして考えています。
(3)ブランドは名前である
ブランドは必ずソニー、ナイキといった言語的な表現から始まります。また、名前は必ずしも企業や製品と一対一で対応するものではありません。「ソニー」という名前は企業の名前ですが、親会社だけではなく、グループ各社にもその名前がついています。
(4)ブランドは世界である
ブランドの発生源は、経営者が自らが描く「世界」です。経営者が描いた世界が発信され、従業員、関係業者、顧客の強い共感が得られると、その世界がブランドになります。
(5)ブランドは一つの企業モデルである
伝統的な企業のシェア、売り上げ、収益といったドライな数字からなるエコノミクスベースの企業モデルは「シェア・マーケター」と言えます。
シェア・マーケター企業の原動力は「数字」なので、「何を売るか」よりも「いくら売れるか」が優先されます。
一方でブランドを正面に据えた企業モデルは「ブランド・マーケター」と言うことができます。
ブランド・マーケター企業は収益という物差しはあっても、それは究極の目標にはなりません。そのブランドの持つ夢を従業員、関係業者、顧客と共有し、実現することがブランド・マーケター企業の目的です。
「理念で飯は食えない」という批判がよく出ますが、当然ながらブランド・マーケター企業はそのようなことは百も承知です。
むしろそのような義を優先させたうえで、利を絞り出すという並大抵の努力では実現できないことを実践し続けているところに、その凄みがあるのです。
(6)よくある勘違い
よく勘違いされることとして、挙げられた例をご紹介します。
まず、良い商品だから強いブランドになるわけではないということです。品質の良い商品を提供することは意義の大きなことですが、それがブランドとして認識されるためには、単なる品質を超えた、その商品からでしか得られないわくわくさせる体験が備わっていなければなりません。
また、強いブランドだから強い企業であるということでもありません。例え強いブランドがあったとしてもマネジメントが悪ければ企業は立ち行かなくなるということもあります。ブランドを強くする腕と、財務体質を強くする腕は別のもので、両者が掛け合わされてはじめて強い企業ができるのです。
2.パワー・ブランドとは何か
(1)パワー・ブランドの定義
パワー・ブランドはその名の通り、「数あるブランドの中でも、卓越した強さを持つブランド」のことを言います。
ブランドについては様々な専門機関の調査が出ており、定量的な定義がはっきりと定まっているものではありませんが、「世界の人が認めている」「20年以上市場にある」「ブランドの専門家が認めている」が基準になると考えられます。
(2)パワー・ブランドの法則
パワー・ブランドにはいくつか法則(もしくは傾向)があります。そのうち、三大法則についてご紹介します。
・夢の法則
最初の法則は夢の法則です。
世界のパワー・ブランドはいずれも、従業員、関係者を奮い立たせ、顧客を歓喜させる夢を持っています。
顧客から見ると、特定のブランドがその人にとって代えがたい魅力を持つのは、そこにそのブランド固有の夢があるからです。
経営者は夢の万人として、その夢を再確認し、必要に応じて強化、拡張、再発信する役割を担うのです。
・一貫性の法則
次の法則は一貫性の法則です。一貫性には3通りの意味があります。
一つ目は時間の一貫性です。ほとんどのパワー・ブランドは50年、100年と同じ夢を追い続けており、5年、10年、20年と継続することによって、そのブランドの魅力は増幅されます。短期的な収益を捨てて、継続性を維持し続けるのは言うほど簡単なことではなく、経営者が強い信念を持って徹底することが求められます。
二つ目は商品間の一貫性です。ブランドを名乗るアイテムはすべてブランドの夢を共有していなければなりません。一つでも違うものがあれば夢は台無しになってしまいます。このように夢は厳しい掟でもあります。
三つ目はマーケティング・ミックスの一貫性です。メーカーが顧客に働きかけるメッセージは広告であっても、セールスマンであっても一貫していなければなりません。安全を唱えた広告宣伝の裏で、セールスマンが値引きばかりを強調していては、顧客に強いメッセージを伝えることはできません。
・革新性の法則
3つ目の法則は革新性の法則です。
一つの夢を一貫して追い続ける、という2つの法則と相反するように感じる革新を、パワー・ブランドは見事に両立させています。革新性には3つの意味があります。
一つ目は技術の先進性です。パワー・ブランドは決して虚のイメージでファンがついてきているのではなく、卓越した研究開発の結果として築き上げられたものであり、今後も技術力で世界をリードしていこうという姿勢はパワー・ブランドに共通するものです。
二つ目は組織の先取性です。パワー・ブランドは受け身にならず、常にプロアクティブ(能動的)に動きます。不可能に挑戦する組織風土もまたパワー・ブランドの特徴です。
三つ目は経営者の先見性です。パワー・ブランドで語られるビジョンは抽象的なものではなく、「絵」として描かれ、「目に見えるもの」になっています。経営者がブランドの将来を絵にする能力があるということもパワー・ブランドにとって重要な点です。
・その他の法則
ここでは詳しくご紹介しませんが、著書では上記の法則の他、パワー・ブランドの研究から導き出された法則が6つ紹介されています。
企業経営者へのインタビューとともに紹介されているので、ブランドという観点のみならず、経営者がいかに戦略を組み立て、それを実行しているかを学ぶ教材としても有益なものとなっています。
・主役の法則
・日本モデルの法則
・スーパー・カスタマーの法則
・クラブの法則
・エージング不在の法則
・倫理性の法則
3.パワー・ブランドと日本企業
(1)1998年当時と現在
1990年代は後に「失われた10年」と言われるほど経済の不振が続いていた時期であり、世界市場において日本企業が存在感を失っていった時期でもあります。
企業は過去の成功体験から脱却できず、見かけだけの新商品戦略で不毛な争いを続けていましたし、消費者もまた大手メーカーから、いままでと大差のない同じような新製品を購入して満足しているという状況で、企業、消費者双方に問題があったのです。
著書で新しい価値観を持つ消費者の台頭が予見されていましたが、四半世紀が経過した今では、消費者の価値観はさらに大きく進化しています。
企業側も消費者の顔を見ないで誰のためか分からない「大衆向け」の商品を出したり、数字を見ながら「何かヒットはないか」と模索するような誤った手法からの脱却が必要であると指摘されていました。私の個人的な肌感覚ですと、企業側はまだまだ大きく変わったと言える状況にはないと考えています。
(2)個人的な経験から
個人的な経験談になりますが、まさに私が以前勤務していた都市銀行は、「シェア・マーケター」から抜けられず、大義がない中で顧客不在の営業をしていた典型的な企業でした。
もちろん我々が大事にすべきバリューはこれだ、というものは示されていたのですが、単なるお題目となっているのは明らかでした。
例えば大事にすべきバリューの一つに「顧客第一」なるものがあったのですが、現場レベルや現場を指揮する営業統括部門との会話の中に、「顧客のために何ができるか」といった会話はほとんどありません。
会話の出発点は漏れなく「今いくらの収益を稼いでいて、目標まであといくらの収益を稼がないといけないのか」ということでした。
その中では「他店での大口収益獲得事例」や「銀行として売り込む商品の販売状況」などの共有はあっても、我々のバリューをいかに体現していくか、といった議論はありません。
未だに5ヶ年の中期経営計画はそれらしい理由をつけた右肩上がりの計画になっていて、営業担当へのムチの入れ具合でそれをなんとか実現する、という形になっています。
営業担当の先にいるのは顧客なので、5ヶ年計画の右肩上がりの実績とは相反して、強引な営業(付き合い、お願い、強要など)で顧客が割を食っている、というのが悲しい現状です。
銀行の経営陣は当然銀行員としては優秀ですが、事業を創造する、夢を語る、といった類の経営者としての能力は十分とは思えませんでした。
これはブランド以前の問題かもしれませんが、企業としての「軸」が無い企業にはこのようなことは起こりがちですし、むしろ未だに多くの企業で抱える悩みなのかと思います。
4.まとめ
私のつたない説明で案内してきましたが、興味がある方は先生の本を読むのが一番です。多少は本を読んできましたが、間違いなく素晴らしい本です。また、良い本は分かりやすくて読みやすいです。
「ブランド」という無形の資産を研究するのは素人が想像する以上に大変な作業だと思いますが、そのような研究にも関わらず、誰にでも分かるようにアウトプットした点もまた偉大なことだと思います。
「メルセデス・ベンツ」や「ナイキ」を始め、事例も豊富です。「ブランド」に興味がある人はもちろん、「経営」に携わる人、志している人にも是非読んでいただきたいです。
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